「壱弐玖参」

いつものように大男の握り拳は、土煙を巻き上げながら、少年をいとも容易く宙に飛ばした。
雑草が生える殺風景な閑地で、大の字に倒れ込んだ少年は眼前に広がった青空を見ながら、混濁した意識がはっきりするのを待った。
足元から大男の罵る声が聞こえる。その声に反応するように、ゆっくり起き上がる少年。口の中は血と涙と土の味が混じり合い、屈辱の念が体中に広がるのを感じた。
勝ち誇った顔の大男の隣には、先程まで何もせず静観していた小男が少年を指差し、嘲弄していた。
汚れた顔を拭い、少年は大男を睨むが何も言えぬまま、脱兎の如くその場を走り去る。少年の居なくなった後に、二人の嘲笑う声が響いた。


何故いつもこうなるのだ。毎日のように不条理な理由で絡まれ殴られる記憶が、走り続ける少年の中で反芻する。がむしゃらに走り続け、本拠に到着する頃には怒りがすっかり頂点に達していた。
そしてあの言葉が脳裏に蘇る。


−……力だ、あの力が必要だ。


涙を堪えながら、少年は求める力がある奥の間へと急ぐ。
そこには蒼躯の偶人が黙坐していた。幾らか空に浮き恰幅の良いそれは、少年の痛々しい姿を見るや、すぐさまその理由を質した。
堰を切ったように、顛末を語り出す少年。
目を瞑り聞き入っていた等身大の偶人は、話が終わると諭すように己の心の弱さを説いた。
それでも少年の怒りが収まらないのを見ると、致し方無さそうに手を胎内に突き入れる。勢いよく取り出したのは、この世に在らざる畸形の物だった。それは別次元に存在する神の民が、偶人と同時期に作り出した禍々しき呪具であった。
使いこなせれば、大男は一溜まりも無い。しかし大いなる呪力故、扱いを誤ると少年自身にも危害が加わる。偶人は付け加える、力に溺れれば間違いなく自分に返ってくる……それを忘れるな、と。
幾度も経験してきたはずの少年だったが、神器を奪い取ると偶人の言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出し、一直線に大男の元へと戻った。


円筒状に固められた石壇に座し、戯画の描かれた書物を読み耽っていた大男は、再び現れた少年を見ると訝しげは表情を浮かべた。
そして書物を投げ捨て、勢いよく飛び降りると腕を組み、少年を見据えた。隣には小男が口を尖らせ、煽っている。
負けじと少年も睨み付ける。
大男は鍛え抜かれた隆々とした拳を鳴らし、耳を覆いたくなるような低く嗄れた声で吠えた。


のび太のクセに生意気だぞっ!」


対峙していた少年の、怯まず近付いていく一歩一歩は力強かった。




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